子には言うべきじゃないと黙っていることがいくつかある。まだ言っても分からないからとか、よそのお宅のことだから、とかそういう事情で。
でもある時ふと気づいたことがあって。子どもは大人が思う以上に、空気を察することが本能的に備わっているのではないかと。
保育園から中学校まで同じだった同級生。
彼は言葉を選ばずに言うと嫌な奴だった。人が最も言われたくないことを執拗に言う。先生に何か注意された子がいたら、わざわざその子のところへ行って「やーい、怒られた~」と神経を逆撫でする。だれかれかまわず嫌みを言い、ケンカを仕掛けるのが常だった。だから男女関係なく嫌われていた。
そんなイヤミ君だが、彼にはもう一つ特徴があった。それはお父さんもお母さんも見かけないということ。保育園や小学校は親が参加する行事が多いけれど、すべからく祖母が来ていた。子ども心に何でだろう?とは思っても、彼の父母について身近な大人に問うたことも無いし、友人同士で話したこともない。
無意識にイヤミ君の父母のことは触れてはいけないと認識していたように思う。
ある時、友人がイヤミ君とケンカをしていた。具体的な内容は忘れてしまったが、イヤミ君は友人を追い詰めるようにポンポンと彼女が嫌がることを言う。友人は怒って言い返していたが、イヤミ君の方が上手だった。
イヤミ君は常日頃から誰かとケンカしていたけれど、どんなに腹の立つことを言われても、彼の家のことを持ち出す者はいなかった。少なくとも同じ小学校出身者は。イヤミ君の親に触れることはタブーであり、そこを攻撃するのは卑怯であるとみんなが分かってたのではないかと思う。
イヤミ君は見るからに貧しい見た目ではなかったけれど、裕福ではないことは察せられた。筆箱や上履きや、その他の学用品で。
中学に上がると少し事情が変わり、他の小学校から来た子たちの中には彼の持ち物をからかう者が出て来た。親が関わる行事が少ないせいか、同じ小学校出身者とは空気感が違う。
私が強烈に覚えているのは中学2年の修学旅行の前日。着替えなどの荷物を学校に持って行き、預ける日だった。体育館に集められた同級生が、クラスごとに座る中、イヤミ君の姿が見えた。他の子がアディダスやプーマなど、スポーツメーカーのバッグを持って来ている中、イヤミ君の旅行鞄は年配女性が持つようなボストンバッグだった。男子中学生が持っていたらとても違和感がある。ピカピカの鞄が並ぶ中、古めかしい型のボストンバッグは目立っていた。心なしか彼は元気が無いように見えた。この時点においてようやく他の小学校出身者も彼の事情を察したと思う。噂が大好きなお年頃なのに、誰も触れる者がいなかったから。
大人になり、地元を離れて働いていた頃。幼馴染の口から、イヤミ君の家庭の事情を教えてもらった。彼が生まれてすぐに両親がどこかへ行ってしまったのだと言う。以後、祖母に育てられたと。
幼馴染がこのことを知ったのも、大人になってからで、彼女の母から聞いたと言う。
「何でだろう?とは思っていたけど、あの頃親には聞けなかったよね」と言っていた。彼女も察していた。そこは触れてはいけない領域だと。
以上の経験から、子どもは本能的に察する能力を持っていると思っている。
子どもの頃、イヤミ君の家庭事情を知らないでいて良かった。知っていると何か別の目線で見ていたかも知れないから。
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